沈むさかな/式田 ティエン/★★★☆☆

突然死した父が有名な水泳選手で、さらにある企業の謎に関わっていたという理由でマスコミに追いかけられ、逃げるように誰も知り合いのいない遠い街で偽名を使いバイトをするようになる"カズ"。偶然再会した英介に勧められ、CPとの衝撃的な出会いを経てカズはスクーバダイビングにハマっていく。自分の生きる意味を求めて。そして次第に明らかになっていく数々の謎。果たして、父の本当の死の理由はなんだったのか? そして、本当のカズは…。

4年ほど前にハワイで生まれて初めてスクーバダイビングをやった。元々泳げないので、器具をつけているとはいえ水の中に潜るということが怖くて仕方なかったのだけど、散々躊躇してやっとの思いで潜った海の底は思いがけない世界だった。水圧に軽く締めつけられ、すべての動作がスローで、ただ自分の呼吸するシュー、シュー、ボコボコ…という音だけが聞こえていて静かで、まるで別世界にいるような気持ちになる。1匹のウミガメに出遭っただけの地味な体験だったけれど、景色云々よりも何よりも、海の中で呼吸をするという死と隣り合わせの行為そのもの、それがカルチャーショックだった。

読んでいて当然その時のことを思い出すので、いろいろとリアルだった。通勤中に寸断されることが嫌で仕方ないくらい没頭しつつあったのだけど、ものすごく根本的なことというか、「文章が二人称で書かれている」というスタイルがまったくもって受け入れられなくて困った。当然物語はほぼ主人公にシンクロして読み進めていくけれど、「きみ(=あなた)」と示されるのがとても不快というか。最初は“きみ”という名前なのかと思ったくらい、自分になじまなかった。主人公の役を無理やり押し付けられてるような気持ちになって、やたらイライラした。まあ内容が内容なんで仕方ないし、世の中には同じ手法を使った作品はたくさん存在してるんだろうけど、これは私はダメだわー。内容が割と面白かっただけに非常にそれだけが悔やまれる。

以下ネタバレ。

この叙述トリックにはしてやられた。まさか性同一性障害とは…。だってしっかりレイとやっちゃってるんだもの。でもあのときレイが「私も初めてよ」って言うのはおかしいなあと思ったのよね。そりゃ初めてのはずだ。細かいこと挙げてったらきりがないけど、ハコが証拠不十分でCPに胎児がどーのとか言い出すのは荒唐無稽すぎ。裏とってからじゃないとそれは無理だわー。あと百合さんにいろいろバラしすぎ。布施たちがカズを襲うあたりは面白かったけど、ミステリとして全体のバランスが取れていないように思うのは気のせいかしら? 布施たちやチンピラ3人の心の動きもわからないし。あとカズの父親が死んだ理由があっけなさすぎて物足りない。

とはいえまあ、面白かったのですが、やっぱりあらが見えてしまうのは仕方ないのでしょうか。あと今まで気付かなかったのだけど、ページ終わりで文章が途切れるのはものすごく気持ちが悪い、ということがわかった。ページをめくる、このもどかしさたるや。(京極夏彦はページ末に文章がきちんと終わるように編集されている)(それが当たり前すぎて気付かなかったのだけど、そういう配慮ってすごく大切なんだなあ)