神々のプロムナード/鈴木光司/★★☆☆☆

神々のプロムナードISBN:4062118564
たまたまTVをつけたら『リング』やってた。鈴木光司つながりの偶然に魅かれて観ちゃった。
神々のプロムナード。人が行方不明になって、つきつめていったら新興宗教が関係してたという話。題材としてはたぶん好きな方なんだろうけど、なんというか集中力が持たない状況で読んでいたのでちゃんと頭に入ってこなかった。風邪薬が効きまくってて意識もーろーとしてて、気付いたら寝てて、ハッとしてまた読んでたらまた寝ちゃった!みたいな。そんで寝てるのに脳内で読書は続いてて、意味不明の展開になってる!みたいな。そんな最悪の状況だったせいです、きっと。
すべてが、人間はみんな完璧じゃないし、そういうダメダメなところがあるから宗教に心ひかれるんだヨー、みたいな伏線になっているように思えてなんだか疑心暗鬼のまま読み終えてしまいました。色眼鏡通しすぎかしら。

そういえば昨日の朝、爆睡していたところ突然ドアのチャイムが鳴って、のぞき穴から見たら2人の男性が立っていて、ボソボソと
「あなたの幸せについて少しお話を聞いてもらいたい」
というような主旨のことを言っていた。

私が中学生のころ、うちで働いていたお手伝いさんが『○○○の証人』にハマってしまい、勧められるままに聖書をもらって、週1で聖書を読んでは神の言葉を学び、日曜日には集会に連れていかれるということがしばらく続いた。確かに聖書にも教団で配られる冊子にも道徳的なことが書かれているし、彼女はすごくいい人だったし、熱心に勧めるのでされるがままに私はいろいろと話を聞いていた。
私は無宗教で、しいて言えば実家が神道なのでまぁもしかしたら神道なのかもしれないけど、最初からずっと、どうにも彼女の言うことが素直に受け入れられなかった。というのも、宗教にハマる前の彼女とその後の彼女と、その周囲の人たちがどんどん変わっていく様を見ていたからかもしれない。
宗教活動が盛んになるにつれ、彼女の目はうつろになり、神の話だけはスラスラとよどむことなく口から紡ぎだされ、いつしか仕事も辞め、あまりにのめりこんだために夫は出ていき、子供は3人ともグレた。それすらも『神の思し召し』だと言い張る彼女を見ていて、私は正直ひいてしまった。
私にはそこまでして続ける気はなかったので、部活動が忙しくなるとか受験勉強だとか適当な理由をつけて、聖書の勉強も日曜集会も参加することをやめてしまった。
彼女をそこまでハマらせたものは一体何だったんだろうか。彼女の心の中にも闇があって、それを照らす一筋の光が宗教だったのだろうか。
宗教を持つことは法律の上でも自由だし、悪いことだとは思わない。でも、節度というか限度というか、心のバランスを保っていないと間違えた方向に突き進んでしまうこともあるんじゃないか。だって人のやっていることだもの。何がよくて何が悪いかなんて、解釈ひとつでどっちにもなりえてしまうからだ。
私は宗教をもたないけれど、たとえば初詣には行くしお墓参りもする。ゴスペルも歌う。あとは、おてんとさまに恥ずかしくないように生きたいと思う。悪いことをしたらバチがあたるかな、と思ったりもする。それも宗教的なもののうちかもしれないけど、私にはそれくらいでとりあえず十分かなと思っている。