リアルワールド/桐野夏生/★★★★☆

リアルワールドISBN:4087746194
人はつねに、選択しながら生きている。
自分が高校生だったころに考えていたことを思い出していたら、それに関連したいろんなことがよみがえってきた。そこには人生の分岐点が普通にごろごろ転がっていた。
とにかく、その世代の多くがそうであるように、その頃の私は考えが若かったし、浅はかで愚かだった。視野がせまくて自意識過剰でなんの根拠もない自信に満ちあふれていた。だから、軽々しくそれらの分岐をテキトーに選んできた。誰と友達になるか、どの男と付き合うか、そしてそれらが当たり前に進路を左右していた。親なんて本当にいなくていいとさえ思っていた。早く家を出たかった。矛盾だらけの部分は見ないようにしていた。
私の17歳なんてそんなもんだ。将来よりもいま目の前にあるものの方が大切で、というかそれしか見えていなくて、そしてその小さな小さなキャパが私のリアルワールドでしかないのだ。

ミミズにはミミズの、母親には母親の、トシコの、テラウチの、キラリンの、彼らのリアルワールドは少しずつリンクしているけれどもまったく違う軸で進んでいて、とても閉じている。誰もがどこにいても孤独で、他を理解することはない。
ミミズはあっち側の住人になった。そんなミミズの姿は、それぞれのリアルワールドから唯一飛び出し、それぞれの想いをこめた、いわば彼らにとってのヒーローだったのかもしれない。そっち側にいけない私の代わりに、ただひたすら逃げ続けてほしいと。そこには今と幻想だけが存在し、結末はない。そのミミズと少しだけつながっていたいから、電話をし、メールを送り、自転車を渡し、2ちゃんねるを読みふける。
けれど当たり前に現実という結末はやってきて、テラウチは『とりかえしのつくこと』と『とりかえしのつかないこと』の大きな差に耐え切れなくなって、去って行った。それぞれがみな、あの分岐点でああしなければ、あの人たちは死ななくて済んだのに、と、浅はかな自己を嫌悪する。そして遺された人たちは、自分のリアルワールドを生きていくしかない。

社会に出て何年もたち、自分で働いたお金で暮らしてみてはじめて、あの頃の自分を客観的に振り返ることができる。私たちは大人になるにしたがって、人生はアンドゥできないという現実を前に、恐ろしいほど保守的になる。あとさき考えずに突き進んで『とりかえしがつかなくなる』ことを怖がるからだ。そこには『若いから』という免罪符はない。世の中は、ひとつ何かを得たら、ひとつ何かがなくなるようにできている。