雨鱒の川/川上 健一/★★★★★

いわゆる"純愛小説"ってやつを初めて読んだ。淡々と綴られている彼らの田舎の暮らしを読み進めたらいつの間にか感情移入してて、気付いたら涙がとまらなかったという感じ。

今は昔、とある田舎。絵を描くこと以外にとりえのない心平と、耳の聞こえない小百合。ふたりの間に限って、言葉がなくても互いに考えていることがわかるし、不思議と会話ができる。子供の時分からずっとそうして過ごしてきたふたりは、年頃になっても一緒にいたいと望むが…。

何ひとつ説明がなされないまま唐突に出てくる方言。わかるのは東北地方っぽいということだけで、ほとんど意味不明なのに、読み進めていくうちに不思議とわかるというか、入ってくる。心にダイレクトに響いてくる。きっと、標準語で書かれてたらたぶんこんなに伝わってこなかったと思う。なんだろうこの方言マジック。いや、方言じゃなくて川上マジックか。

あと心平がもそもそ食べるおにぎりとか、小百合が作った菜っ葉のみそ汁なんかがなぜかすっごいおいしそう。質素この上ない食事なのに。ふたりがあまりにも幸せそうに食べるからかな。小百合が嬉しそうに作るからかな。このふたりのつつましさがいいんだろうな。

まあそんな幸せな日々を並べた後は、当然それに呼応する事件が起こるわけだけれども。ベタといえばベタな展開。最後にふたりが雨鱒との約束を<ネタバレ>確認しあうあたりめっちゃ死にフラグ立ってたけど、予想が外れてよかった。心中すると思ってた。婆っちゃが「行ぐなあああぁ」って泣きじゃくるところは、さぞかし複雑な気持ちだったろう。古い考えがまだ残る時代に駆け落ちするってことがどういうことかわかるだけに。ふたりの幸せを一番願っている婆っちゃだけに。あと、爺っちゃの活躍っぷりね。
英蔵は意地悪だけど、なんだかんだ言って悪い人にはなりきれないし、やっぱりちゃんと男なんだなー。小百合幸せを考えたらああするしかないもんな。小百合も小百合で「私は心平なしでは生きていけない」とちゃんと言えるってすごい。そう思える人になんてそうそう出会えないし、出会えたとしても添い遂げられるとは限らないし、一生出会わずに終わる人だっている。そう考えると英蔵の立場はものすごい切ないんだけれども、でもやっぱり小百合には心平、心平には小百合しかいないんだよね。
</ネタバレ>

いやもう、とにかく素晴らしい物語でした。