003: マリコ/マリキータ/池澤 夏樹/★★★★☆



短編集。一つずつが独立した物語なんだけど、それらは一貫して別世界(というか別次元のどこか)とつながっていて、読んでいるうちにちょっとしたトリップ感を味わえる。向こう側への入り口がぽっかりあいている場所が地球上には何ヵ所かあって、片足をそこに突っ込んでる状態で、その周辺で起こる何かを見ているような感じ。スピリチュアルな何かの存在を感じさせるような、不思議なお話。実は私はこういう話が大好きで、わかりやすく例えて言うなら『マリカの永い夜』とかの頃のよしもとばななや、『コンセント』『アンテナ』あたりの田口ランディとか、それを男性視点から見てもっとシャープにしたような…うーん、またちょっと違うかなあ。でも共通点はあると思う。
たとえば「アップリンク」で気象学者がある離れ小島に機械のメンテナンスに行くんだけど、強風が何日も続いててそれはいわゆる異常気象で、島の人たちは彼を「天気をなおしてくれる人」だと思ってるところとか。「冒険」でお兄さんのお嫁さんが子供を抱いたままいなくなっちゃったこととか(これは女性視点だけど)。日常の中にちょっとだけ不思議な要素が組み込まれてる。「帰ってきた男」はこの中で一番不思議感の強い物語で、というかもうファンタジーそのものだと思うんだけど、五感の記憶をすごく刺激される。彼らが見たもの、嗅いだ匂い、河原の石を踏みつける靴の裏、聴いたという“音楽”(それさえあれば食べることすら必要ないと感じられるような)、そして空気の振動みたいなものを皮膚にピリピリ感じる。その音楽とやらはおそらく私たちの認識しているような音楽とは根本的に違うのだろうけど。それが聴けない分もっと想像したい、もっとその感覚に近づきたいとはがゆく思うような。
あと、これは別段不思議でもなんでもないのだけれど、表題作の「マリコ/マリキータ」の中で、マリキータが子供たちのために大量のパスタをゆでるシーンがなぜかとても好きだ。

とにかく、要素が凝縮されてて、短編なのに(短編だからこそ?)物足りなさがなくてどっぷりその世界観にハマれてしまう。あとちょっと透明な感じは小川洋子臭もするかも。とにかく私の好きなカラーだというのは間違いない。映画みたいに、映像が脳裏にどんどこ浮かんでくる。ぐんぐん読める。素敵な本でした。