酒気帯び車椅子/中島らも/★★★★★


らもさん、死ぬ前にすごいのかましていった。涙が止まりません。興奮がおさまりません。
改めて黙祷します。あんた、サイコーのおっさんでした。死んじゃったなんて惜しいぜ。


中島らも氏が事故死(で、いっか)する2ヶ月前に脱稿したという、いわば遺作の、超絶バイオレンス・バリアフリー・ジェットコースター小説。発売と同時に脊髄反射的に購入したのですが、なんだかんだと読むのを1年近くも先送りしてまして。だってさ、もうこれが最後なんだよ? この先新刊出ないんだよ? もったいなくてそうそう読めませんよ。好きなものは一番最後に食べるタイプです。

で、とうとう手にとって読み始めたんですが、止まりません。息をつく暇もなくいっき読みです。


以下、ネタバレあり。みんな、できることならこの作品読んでから反転して。



商社に勤める小泉はバリバリのやり手サラリーマン。器量のいい妻とおちゃめでかわいい娘に恵まれ、仕事も家庭も順風満帆で幸福に満ちている。あるとき仕事の大きなプロジェクトに暴力団から圧力がかかり、それを毅然とはねのけたために日曜の夜の一家団欒は地獄と化す。目の前で妻を陵辱された上に殺害され、その場で娘を誘拐され、ボコられた上さらにハンマーで両の脚を粉々に砕かれた小泉は、医師より両脚の膝から下を切断するほかないといわれる。
両脚を失った
小泉は車椅子を手に入れるが、茫然自失で酒びたりになり、身も心もボロボロになっているところへ、飲み仲間の自動車修理工やっちゃんが車椅子に大改造を施し、復讐と娘を助け出すために暴力団ビルへと颯爽と乗り込む。

愛する妻や娘との軽口の叩き合いがとても軽快で、思わず頬がゆるみます。うわー、何と理想的な「幸せな家庭の図」なのでしょう。突然日曜の朝からうどん打つぞー!とか言って3人でどったんばったんやってるのとかね。いいなあ。…今思い出しても泣けてくる。

それまでの幸福の絶頂期と、その後やってくる地獄がものすごい振り幅でやってきます。まあ、あまりに幸せ過ぎるから、来るなこれ…って予想はついてたけど、これ程とは。任侠を忘れたヤクザほど恐ろしいものはないですね。とにかく、目を背けたくなるようなグロい描写が続くのだけど、小泉は目を見開き、この状況と対峙する選択肢を選ぶ。なぜなら、男は闘う生き物だから。うおお、切ないぜ…。

あとこの2人ね。やっちゃんとガーリック。彼らが小泉の最高の戦友となっていくわけですが。彼らと夜な夜な地元の居酒屋で飲んだくれていたことも、ひとつの予兆だったのでしょうか。また彼らがいい仕事するんだよ…。

そして迎える決戦のクリスマスイブ。復讐の大殺戮をするために敵陣へ乗り込んでいく3人。まさに映画を観ているようで、具体的にいい例えが見つからないけど、こう、戦意を高めるようなオーケストラのBGMがズンズンと脳内に流れ出してきます。

小泉のような、真ん中にぶっとい芯みたいなものと、コミカルな部分を持ち合わせる男性というのは個人的にとても好きなのです…が…いかんせん顔が…どうしてもらも氏の顔とかぶるんだよね。残念なことに。

とにかく、場面が鮮やかに脳内で映像化されて、エンターテイメント性が高くインパクトも強い。伏線の張り方も素晴らしい作品だと思います。

実は今まで、中島らも氏の作品はあの語り口が好きなだけで、これといって衝撃的な作品がなかった。しいて言えば『ガダラの豚』と『今夜すべてのバーで』ぐらいで、これらも「まあ、好きかな」程度だったのですが。『酒気帯び車椅子』は、私が今まで読んだ中島作品の中では最高傑作だと思います。

それにしても、死ぬ前にこの傑作を世に出した彼の幸運と、酔って階段から落ちてあっけなく死んだという不運の対比は、まさに中島らも的な一生だったのではないかと、なんとなく思うのです。
うまいこと勝ち逃げしたよなあ。