パイロットフィッシュ/大崎 善生/★★★★☆



中年エロ本編集者の山崎。19年ぶりにかかってきた由起子からの電話。現在の自分を作り上げてきた過去の物語が少しずつパッチワークされている。
山崎と由起子の出逢いのシーンもさることながら、ふたりの数々のエピソードがとても印象深い。特に抜け殻の山崎に生命がみなぎっていく様子は半端ない勢いで、かつ実にシンプル。そして由起子の女神っぷりたるや。

あと、ナベさんの自宅でスープを作るシーンがやけに心に残るのはなぜだろう。この物語を読んで以来、ナベさんの「水や。水が一番大切なんや。」という言葉がやけに心に残っていて、どこのお店に行っても気にするようになってしまった。いやでも本当わかるんだなそれが。

あとちょろっと会話に出てた「傘の自由化」について。
私の通っていた大学の最寄り駅では私が通うずっと前から傘が自由化されていて、これがものすごく便利だったので本気で全国展開すべきだといまだに思っている。要は、駅構内に傘置き場が設置されていて、常時10〜20本の傘が置いてある。おそらくこれは忘れ物だったり誰かの寄付だったりするんだけど、電車を降りたら突然雨が降ってきた時にその傘を自由に借りて使い、逆に駅までの道を傘さして来たけどもういらない(濡れた傘を持って電車に乗りたくない)、すっかり雨が上がっちゃって傘持ち歩くのがすごく嫌だ、とかいう人は傘置き場にその傘を寄贈していく。そしてそれをまた誰かが使う…というシステム。もちろん私も何度か使ったしすごく助かったのでお礼の気持ちを込めて傘を置いてきたこともある。透明ビニール傘だけど。なんかそういう偽善的なんだけど人情に訴えるローカルっぽいものが実際ちゃんと機能してることが純粋にすごいし、事実便利だったんだよね。もしかしたらT学園前の駅長はパイロットフィッシュ読んで影響されたんじゃないかしら。つうか駅長が書いたんじゃないかしら。いやむしろそうであって欲しい。

つい話が横道(妄想ルート)にそれました。

で、ラスト。可奈の正体についてはあの一言だけでわかるし、それだけでいいと思うんだけどちょっと丁寧に説明しすぎじゃないかな。まあ彼女の心の闇はもっと掘り下げて読んでみたい気もする。
あと森本の存在。彼の放った「今のおれは記憶の集合体にすぎない」というフレーズはとても深いし、確かに今の自分がたとえば20歳の自分と比べてよりいっそう記憶の集合体であることを私も最近とても意識しているんだけど、彼のイメージが薄いのでもう少し森本について知りたかった。そこだけが少しだけ残念。伊都子なんて一瞬ですごいインパクトあるのに。

まあでもいいものを読みました。全体的に非常に観念的なのだけど、読後感はなんだかとても清涼です。