殺戮にいたる病/我孫子武丸/★★★★★

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え。えええええええええ!!!!!!

もう愕然。いま、目の前のものすべてが音を立てて崩壊した。すごい勢いで。もう何も考えられない。大げさではなく、これは私が人生で出会った小説の中で最高峰。すげえ。すげえよ我孫子武丸

私は犯人主観のミステリがすごく好きで、最近読んだ中では頭のイカレっぷりとその叙述トリックの素晴らしさで『ハサミ男』が最高だったのだけど、もはやそれもぶっ飛んだ。『殺戮〜』と比較したら『ハサミ男』なんてほころびだらけのように思えてくる。とにかく、作品の存在するステージが違う。本当、すごいもの読んじゃった…。各所で大絶賛され、みんなが「あれは別格」と一言だけつぶやき、内容に一切触れずにこの作品を勧める意味がわかった。


犯罪心理学」や「猟奇的殺人」や「性的倒錯者」というテーマがものすごいツボなのですよ。それがツボっていうのもどうかと思うけど。

はっきり言って、主人公の樋口(元警官)と被害者の妹のかおる、記者の斉藤の3人の犯人探しは印象が薄い。むしろこれがないと小説として問題がありすぎるのだけれども、稔の殺戮シーンのあの絶大なるインパクトは私の心をつかんで放さない。ここまで社会的な悪を前面に押し出してしまっていいものなのだろうか。それとも私に問題があるのだろうか?

とにかく、あんなに興奮する性描写は生まれて初めて経験した。もちろん私は性的倒錯者ではないし極端にアブノーマルな趣味も全くもってないけど、稔の感覚をまるで今自分がそれを犯しているかのように手に取るように感じ、どんどん同調していって貪るように読みふけってしまう。何なんだこのものすごいリアルな手ごたえは。ほとばしる何かがそこにある。たぶん私が男性だったら、エレクトしていたと思う。もちろんこれは作家の力量なのだろうけど、我孫子を本気で心配する読者とかいるんじゃないだろうか。通報とかしたほうがいいんじゃないか。危険すぎる。

母親の狂気っぷりも物語の進行に従いだんだん滲み出してきてかなりクる。ただ、最後はやりすぎな気もするけど。行動が安易すぎるし(そんなものなのかもしれないが)、その説明口調はないだろ、みたいな。

当然、犯罪主観の物語は犯罪が露呈して犯人逮捕される、もしくは死亡するというエンディングを迎えなくてはいけない決まりだが、これは事件が解決されているにもかかわらず後味がものすごく悪い。それはやはりラストシーンで犯人が明らかになる瞬間もさることながら、実の母親(老婆)との屍姦に陶酔する稔を、読者がそこで初めて客観的に捉えることになったからだと思う。それまでの事件の被害者たちは行きずりの女性だったが、ここで最後に一番あってはいけないものをどかーんと目の前に差し出される。そして私たちは凍りつく。今まで犯人にこの上なく感情移入していたはずの読者が現実に引き戻される瞬間だ。乳房や陰部を切り取るシーンよりも、一番グロテスクなのはここだと思う。ここでこの上ない嫌悪を抱くからこそ、私たちは正常でいられることに気付く。そして冒頭の逮捕シーンを脳内で回想して補完し、カタルシスを得る。

それとあの大学教授。彼は研究者サイドから見解を述べているけれど、もしかしたら紙一重のところにいる。私は彼が遺族の前で瞳を輝かせてプロファイルの内容をまくしたてる姿をリアルに想像する。彼はきっとものすごい危ういバランスで、向こう側(狂気)とこっち側(正常)の境界線を保っているはずだ。そして人間はこの両面性を程度の差こそあれ持ち合わせているものではないかと思う。

また、デフォルメされてはいるが、母親と息子の狂気をはらんだ相互関係は、現代社会でひずみを大きくしながらループしていく。普通ならばどこかのタイミングでそれが緩和されていくものだけれど、それがうまくいかないと何かしらの破滅がやってくる。この物語はフィクションだけれど、実際これによく似た事件は実際に起きている。物語がやけにリアルに迫ってくるのはそのせいなのかもしれない。そして恐ろしいことに、それこそがこの作品の一番の魅力なのかもしれない。

ひとつだけ納得がいかないのは、

かおるが意識を取り戻したあとになぜそこにある死体犯人ではないと言わなかったのかという点。どさくさに紛れてラストシーンになだれ込んでしまうけど、あれだけ気丈に乗り込んで行った割には、自分が本当に殺されそうになったから動転してたの? うーんわからん。

そこだけがすごくひっかかるなあ。


さ。というわけで、私はこの作品をミステリとして大絶賛します。グロ描写もあるけど、犯人の興奮に同調していたら全く気にならない。想像して吐き気をもよおすタイプのグロさなら桐野夏生の『OUT』か、もしくは村上龍の『イン・ザ・ミソスープ』かな。あれはダメ。あれを超えなければグロも読めるということもわかった。

あと、私はミステリを読む前には余計な情報を入れたくないので、帯や裏表紙をできるだけ読まないようにしています。それを読んでしまったばかりにすげえ萎えたという人の話を聞いたので、今後もこのスタイルは変えずに行こうと思いました。