オーデュボンの祈り/伊坂幸太郎/★★★★★

オーデュボンの祈り (新潮文庫) 詳細を見る


この島に欠けているものは何だ。俺たちに足りないものは一体何だ。
日比野は何度も伊藤に問う。百年もの間、誰からも存在を忘れられた島にひとつだけ欠けているもの。それは島の外から来た人間がもってくると、かかしの優午は予言する。
これが伊坂のデビュー作だということを知って、驚いたのと同時に納得がいったというか、すべてがわかったような気がした。この作品には、伊坂のすべてが詰まっている。
人の数だけ存在するドラマ。それぞれが抱えている哀しい記憶や、愛や夢や希望。そしてその対極に位置する、救いようのない完全なる悪。
彼の作品はすべてが壮大なパズルだ。すべてが伏線であり、結末に近づくにしたがって次々にピースがはまっていく快感と、エンディングを迎えたときの爽快感は、今まで読んだ伊坂作品の中で最たるものだった。
伊坂作品の中には、社会的・倫理的には悪だけれども見方によっては善に描き分けられている人物が登場する。ここで言う「桜」の存在であり、他作品で言う「黒澤」だ。特に桜が「理由になっていない」とキメ台詞を放ち、無表情で拳銃をぶっぱなしておきながら花の種をまくあたりに、レオン的魅力を感じるというかなんというか。桜が銃を向ける対象は悪ではあるけれども、その「ルール」は誰も知りえない。彼の心に大きく巣食う暗闇はある意味とても甘美であり、そんな危険な香りを放つ超絶クールな桜はこの上なく美しい。同じ負のオーラをまとった城山はあんなにも醜いというのに。

この島に欠けているものは何か。
優午だけがそれを知っており、登場人物すべてがそれぞれの役割を担って謎は解き明かされる。その謎が明かされていくのと同時に、すべてを知りながらも運命を変えることのできない優午の哀しみは、リョコウバトたちの哀しみとシンクロし、オーデュボンの祈りとなって夜空へ解き放たれる。
この同時進行するふたつの謎解きの過程と、いくつもの絡み合ったドラマの歯車がかみ合っていくあの感覚は、なんともいえない。そしてラストで丘に上っていくあの場面では、なぜか知らないけれども涙が止まらなかった。
伊坂すげえなあ。