沈黙博物館/小川洋子/★★★★★

沈黙博物館ISBN:4480803556
確かに私は小川洋子の作品をこよなく愛しているけれど、ここまでずっしり重くて深いものが心に残ってしまう作品は、ほかにないと思う。彼女の世界観はもとから大好きだけど、この作品はいつもよりもさらに私の心をとらえて放さない。
小川氏の作品のテーマというか、いつも組み込まれている『何かが少しずつ失われていく』というキーワードは、形は違えども(記憶だったり、健全な精神だったり、はく製だったり)少しずつ、そして確実に私の心を侵食していく。

今回は、死者の形見を収集するへんくつな老婆と、それらの形見を展示する博物館を作るために雇われた技師の話。物はどんどん増えていくけれども、確実にそれよりも大きなものが失われていく。形見は実に的確に個々の死者たちを象徴していて、それにまつわるエピソードを老婆が語り、技師が書き留め、少女が清書して資料になる事こそが儀式であり、真の弔いとなる。陳列された物たちはいわば墓石であり、沈黙博物館は墓場なのだ。
物語が進むにつれ、いつしか死のエネルギーが生のエネルギーを凌駕し、すべてを包んでしまう。気付くとそこには無が広がっている。けれどもそれは、けっして有を拒絶するものではなく、すべてを受け入れるものなのだ。まるで『沈黙の行』に入った伝道師のように。シロイワバイソンのように。降り積もる雪のように、静かにそこに広がっているのだ。
そしてしかるべき時がやってくると、新しい媒体を通してすべてがもう一度最初から始まるのだ。そして私は、森羅万象がそうやって死と再生を繰り返していることに思いを馳せる。

小川氏がいつも私の中に残していくものは、大きな絶望と、緻密な愛と、継続する未来へのほんのかすかな希望だ。