Ｑ＆Ａ／恩田陸／★★★★★

　詳細を見る
ささきくんはあまりにも恩田いいよ恩田って言いすぎ感があるなあって正直思ってたけど、その気持ちがなんとなくわかる気がしてきた。すごいなあ恩田陸。完全にこの企画にやられた。こういうの、私は大好きです。

最初から最後まで、対話形式のＱ＆Ａ。Ｍという大型ショッピングセンターで起こった謎の大惨事について、ただ淡々と聞いては答え、聞いては答え。そのうちに、Ｑ＆Ａの向こう側に何かが見えてくる。正体はわからないんだけど、何かとてつもなく大きなものが。
事件の原因は一体何だったのか。そんなもの、最初から存在していなかったのかもしれない。誰に聞いても、真相にはたどり着けないのだけれど、漠然とした何かがぼんやり見えてくる。輪郭がはっきりしていないのに、確かにそこにある大いなる脅威。大きなエネルギーのカオスみたいなもの。そしてそれはどんどん膨張していく。人々の心の中に増殖していく。

憶測は飛び交い、社会現象になり、いつの間にか都市伝説が生まれ、心霊スポットとなり、宗教団体が生まれる。そして人々がエサに群がるようにして集まってくる。そのエサは金だったり救いだったり好奇心だったり安心だったりするのだけれど。でも実のところ、そうやって世の中はうごめいている。人間の世の中は、すべて人間の心理がもたらすもので動かされているということを、思い知らされずにはいられない。所詮私たちも蟻なのだろうか？

一体あれは何だったのか…。国家機密レベルの実験？テロ？それとも偶然？

私たちにとって一番怖いのは、『知らされていない』という不安なのかもしれない。だから、私たちは今そこで何が起きているのか、知る権利を主張する。知って、少しでも安心したいからだ。電車が突然止まったら、『停止信号です』と言ってもらいたい。暗闇の中で『その先は段差がありますよ』と言ってもらいたい。老後は息子夫妻に面倒をみてもらえるかどうか聞きたい。昨夜彼氏がどこかに泊まったっぽいけど聞けない。メニューに値段の書いていないお店には入れない。この食べ物の成分を明記してください。警察手帳見せてもらえますか。どうして昨日からサーバがダウンしてるの。頼む、娘の声だけでも聞かせてくれ！災害のとき知人の安否を知りたい。携帯の電波が通じない間に電話がかかってきたらどうしよう。

それを知らないままでいると、どんどん不安は募って疑心暗鬼になり、悪いほうへ悪いほうへ考えてパニックになる。人はどんどん壊れていく。このまま地下鉄の中に取り残されたら…。老後のおれは息子夫婦のお荷物か。きっとあの女と浮気してるんだわ。あの店はぼったくられるぞ足元見やがって。きっと身体に悪い成分が入っているんだわ。警察官の制服を着た強盗かもしれない。データが全部飛んでたら…。娘はもう殺されているに違いない。どうなってるんだ！どうなってるの！教えてくれーーーー。
心の平穏を保つことって、案外難しいことなのかもしれない。だからみんなお金で安心を買うのかな。

真相が知りたいがゆえに、どんどん読む。原因は一体何だったの。それを知って安心させてくれ。それだけのために読む。そしてああ、ミステリーってこういうものだよなあって思う。ハラハラどきどきしながら最後の最後に真相にたどり着いて、動機とかトリックとかを知って納得して、安心する。私が一番衝撃を受けたのは、消防士のインタビュー。

けれども最後までこの事件の原因は明らかにならないまま、カタルシスが得られぬまま、このＱ＆Ａは終わる。しいて言えば元調査員のタクシー運転手が殺される件で政治がらみということがわかるくらいで。そういう意味ではものすごく不完全燃焼。でもこれこそが、現実なのかもしれないと思ったりもする。実際はうやむやなことばかりだ。何が本当なのかなんてわからない。

恩田陸は、人の心を揺さぶるのがうまい人だなあ。