ひとりビリヤード

一人で闇練をしてきた。今度は駅から近いほうのビリヤード場。入り口の看板には手書きで
「コーチシマス」
の文字。全部カタカナで書くあたりに歴史を感じる。外観がすっごく怪しいのでかなりためらったけど、まぁ失敗だったとしてもネタになるし、という気持ちで入ってみた。
急傾斜の外階段を上ると、そこはとても狭い部屋で、台が2台とおじさんが2人。本物の四つ玉をやっている。『やっべぇとこきちゃったな…』っていうのが第一印象。見た感じ父親と同年齢くらいの店主は、ぶっきらぼうにタバコをふかしながら「…ひとり?」と面倒くさそうに立ち上がる。
怖いと思っていたのは最初だけで、上の階(間取りは同じでビリヤード用の台が2台ある)に行くと「よく一人で来たな。」とたぶんちょっと褒められた。

「うちはお遊びでやるところじゃない。本気でやる人が来るところだ。」

ちょっとうっとおしそうな雲行き。けれど私は今、どうしてもうまくなりたい。そのための闇練だ。私は覚悟を決め、できる限り下手下手に出て話を聞いた。店主はとにかく喋るのが好きらしく、気持ちよさそうにビリヤードの概要を説明し、いまどきの若者のビリヤードへの情熱のなさを嘆き、たぶんライバル視しているのだろう、私のいつも通っている別のビリヤード場への呪詛を吐きながら下の階に下りていった。

あとは完全貸切状態のまま黙々と玉をつき続ける。主に厚みを見る練習。数をこなすごとに少しずつ力みが取れてくる。店主に言われたように素振りもした。まっすぐつけなくなると、思い出したように素振りをした。店主は200回やれと言ったけど、20回くらいでやめた。
1時間を少しすぎた頃、店主が「お、やってるな」と言いながら入ってきて、タバコをふかしながらいかに四つ玉が素晴らしいかを延々と述べた後、一人練習の具体的なメニューを教えてくれた。どうやら店主の話をまず一通り聞くと、ご褒美のように有効な練習方法を教えてくれるシステムのようだ。
教えられたのは、各ポケットの手前に的球を置き、フリーから一度で全部取りきるというもの。たぶんこんなのは基本中の基本なんだろうけど、今まで通っていたビリヤード場のキモいコーチは一度も教えてくれたことがなかった。できるようになったら徐々にポケットから的玉を離していく。1個目を落とした後にどうすれば手玉が次に落としやすいところへもってこれるのか、店主の的確なアドヴァイスをもとについたら一度で全部落とせた。たぶんもうできないと思う。奇跡に近い。
店主曰く「落とせるのは当たり前」であり、「物理的な法則がわかれば誰だってうまくなる」という。あとはどれだけのめり込んで努力するか。「仕事は楽しんでするもの、趣味は一生懸命努力に努力を重ねてやるものだ」と店主なりの人生観を植えつけられたが、代わりに得られるものもあったのでまぁよしとしよう。

このまま頻繁にここに通い続けると、そのうちビリヤードではなく四つ玉をがっつり教え込まれそうな勢いだったので、どうしても駅の近くでやりたくなったり店主の有効なアドヴァイスをもらいたくなったらまた来る程度にとどめておこうと心に決めた。