スティル・ライフ/池澤 夏樹/★★★☆☆

表題作の「スティル・ライフ」と「ヤー・チャイカ」の短編2本。

スティル・ライフ」の冒頭の染色工場のシーンが興味深かった。繊維や布製品にかかわる仕事をしていたので、当然その工程に糸の染色もあるわけで。実際見たことはなかったけど、具体的に書かれていたので「へえー!」と思うことばかりでした。ま、本編とほとんど関係ない枝葉の部分なんですけどもね。


株式で収入を得たり、山の写真を見たり、リュックサックひとつが持ち物のすべてだったりと、自分にないものを当然のように持っている人というのがいる。そういう人の生き方が、あるとき突然自分の人生にグッと入り込んでくるときがある。“ぼく”が“佐々井”に大きな影響を受けたように。私にとっても、ひとりだけそういう人がいた。今はまったくの音信不通で、連絡を取るすべもなく、たぶん一生会わないだろうなと思っているけど、その人の生き方や存在は、私の見解を広げるという意味では特別だったと思う。

きっと、相手への好感や憧れみたいなものも作用していると思う。自分の人生のレールに、そうやって時折進入してくるラインからの情報によって、自分の荷物が増えたり大きくそぎ落とされたりして、自分のフォルムが好ましい形に出来上がっていく感触が、私は好きだ。池澤夏樹の物語には、そういう要素があるように思う。


たとえば、上述の佐々井のエピソードもそうだけど、「ヤー・チャイカ」に出てくる器械体操やロシアや人工衛星のこと。まったく知らないことが、すごく面白そうに描かれているのでもっと知りたくなる。「これは何かよいことだ」と思えるというか。平均台での宙返りのくだりはとてもドキドキしたし、日本語学校のことやふぐを食べるロシア人クーキンの存在も興味深い。


池澤夏樹って、もっと若いのかと思ってたけど、私の両親と同い年くらいなのね。それを知って余計に池澤夏樹に憧れるというか。やっぱり好きだなーと思う。